チリ鉱山落盤事故、69日閉じ込められた作業員たちの奇跡の生還!

2010年8月5日(現地時間)に発生した坑道の崩落事故をご存じだろうか?

チリ鉱山落盤事故、又は、コピアポ鉱山落盤事故としても有名。

場所は、チリ共和国アタカマ州コピアポ近郊のサンホセ鉱山。

この崩落により33名の男性鉱山作業員が閉じ込められ、69日間も閉じ込められた鉱山事故でも最悪な事故。

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<事故の原因>

「安全確保のための設備等の強度不足」

(説明)

コピアポ鉱山の坑道は螺旋状に1本道で地下深くに伸びている。しかし、迂回路や退避路は設けられていなかったという。

そのため、コピアポ鉱山では、2004年と2007年に各1名の死亡事故を含む複数の事故が起こっており、政府は2010年7月から、鉱山所有会社らに坑道の強化に失敗している旨の警告を発していた。

また、1995年に鉱山労働組合は、コピアポ鉱山の閉鎖を要求し、話は裁判所にも持ちだされ、2005~2007年にかけて労働監督局は閉山を決定した。

しかし、なんら改善措置も行政監督もなく、2009年操業の再開が認められた。

今回の事故の原因となった強度の不足も、事故が起きる前の段階で予測が可能だったと言えるようだ。

(一部ウィキペディア引用)

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<69日後の奇跡の生還>

事故発生から18日目、生存は絶望とされていたが、救助隊は確認のために地下700mにある避難所まで掘り進んだ。

すると、ドリルを引き上げた際、先端に赤い文字で、

「我々33名は待避所で無事である」と、

スペイン語で手書きされた紙が括りつけられているのを発見する。

地上にいる人々が絶望していた、坑内に閉じ込められた33名の生存。まさか、地下700mの避難所に全員無事で生きているとは誰もが想像つかなかったようだ。

・なぜ生き延びれた?

実は、避難所には通風口が繋がっていた事で彼らは生存していたのも間違いない。

しかし、食料や水はわずかしかなかった。

そこで、彼らは1日おきに1人当たり小さじ2杯分の缶詰のマグロ・牛乳1口・ビスケット1枚を分配して食べていた。

また、避難所の広さは約50平方メートルだが、長さ約1.8キロの坑道に通じており、地下620mの作業場や坑道最深部まで自由に歩き回ることができ、排泄物も場所を決めて坑道奥に廃棄していた。

さらに、坑道内のトラックのバッテリーを使ってヘッドライトを充電し、光源にしていたというから驚き。

・励ましあい

このような状況に置かれた時、誰もが不安になり平常心を保てなくなることがある。そのため、彼らは、多くの希望・励ましの言葉で助け合いながら生きていた事を、病院から退院後に語っている。

マリオ・セプルベダ

「一人一票制の民主主義を採用していた。脱出口を探したり、士気を高めようと皆で頑張った。」

「もし関係が破綻したら、みんなお仕舞いってことは誰もがわかってた。毎日別の人間が何かしら不始末をやらかしたけど、そういうときはいつでも、みんながチームとして士気を維持しようとしていた。」

アバロス

「地下で生き残るため空腹に打ち勝とうと力をあわせた。」

「まとまりになれば、頑張りとおせる。希望をもっていられる。生き残るとみんなが信じなければいけなかった。」

フランクリン・ロボス

「酷いことが起きたけど協力しあった。何もなかった、水が飲みたくても飲み物なんてどこにもなかった時も。僕らは協力しあったんだ。食べるものもなくて、スプーン一杯のツナ缶を口にしたぐらいだった時も。それで本当に結束することができた。」

この様に、一人一人が極限の状態でありながらも、仲間を思いやり行動していく事で「奇跡の生還」は実現したのだろう。

また、この事故は映画にもなり多くの注目を集めたことでも有名です。

ご覧いただきありがとうございました。
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