マーティンを襲ったロックドイン症候群、その苦悩の日々。

マーティン・ピストリウスさん

今から約40年前、南アフリカに生まれた。そして父と母、2人の妹弟と共に、何不自由なく暮らしていた。

しかし、12歳の時、突如激しい喉の痛みに襲われるようになる。そのため国内のあらゆる病院で検査をしてみたが、病名も治療法も判明出来なかった。

※ネット上で調べたところ「髄膜炎」とも書かれています。

手の付けようがないまま時は過ぎ、1年後マーティンは意識を失ってしまう。

当時マーティンを診た医師は、原因不明の病気で意識を取り戻すことも、回復することもなく、治療法もないと診断。

しかし、家族は献身的に彼の看病を続けた。そんな苦労の日々を送っていたある日マーティンは奇跡的に意識を取り戻すことができた。約3年後の出来事である。

そんな奇跡が起きたと思った矢先、新たな試練が襲い掛かる。

マーティンは声を出すこともできなければ、体を動かすこともできなかった。四肢麻痺の状態で動かせるのは眼球とまぶたのみ。

だが、大脳は正常に働いているという「ロックドイン症候群」と呼ばれる状態にあった。

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<ロックドイン症候群>

閉じ込め症候群とも言われ、意識は保たれ開眼して外界を見ることが可能だが、完全四肢麻痺と球麻痺のため、手足の動きや発話での意思表出能が失われた状態を指す。

そのような症状から「肉体の檻」と例えたりするようだ。

<苦悩の日々>

16歳で意識を取り戻したマーティン、徐々に思考能力も回復し19歳になると自分が置かれた状態を完全に把握できるようになる。

意識ははっきりあり、眼球で外界は見ることが出来る。しかし、それ以外は動くことができない。

家族は懸命に看病するが身も心も疲れ果て、ついにケアハウス(介護施設)に預けることにした。

その施設で味わった暴言や虐待は長年続いたようでマーティンの頭の中には今でも焼き付いている。

また、母親はそんなマーティンさんの世話に明け暮れ、精神的に追い詰められた結果、息子に向かって「死んでくれたらいいのに」と言った覚えがあると、のちに告白している。

その間も彼はずっと起きていて、それを聞いていたそうで、その時のことをマーティン自身はこう伝えている。

・マーティン

「最初からではなく、おそらく2年くらい経ってから意識が戻り始めた。周りで起こっていることは普通の人のように気づいていた。人々は僕が意識のないことに慣れていて、そのため意識が戻ったことに気づいてはもらえなかった。もしかしたら一生このままで、孤独なのだという現実に打ちのめされた。できることは『考える』だけだったが、その考えも時間が経つにつれ暗くなっていった。」

「単に存在しているだけだった。暗いところで消えようとしているみたいに」

このように、当時考えていたそうです。

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<奇跡の回復>

この病は、脳が関係しているため治るか治らないかは分からない。しかし、マーティンさんの場合は奇跡が起きる。

それは、マーティンさん24歳になったころ、脳の機能が回復し始め、少し体を動かせるようになる。その後、リハビリを続け10数年の間閉じ込められていた、自分自身の「肉体の檻」から、徐々にではあるが解き放たれ動かせるようになっており、この病の患者にとっては大きな希望となっている。

<まとめ>

マーティンさんが体験した壮絶な闘病はドラマにもなっており、多くの方が彼の恐怖・絶望を考えさせられている。

人生には、突如として考えられない事が起こるものです。それをどう乗り越えて行くかが大切だと私は感じます。

ご覧いただきありがとうございました。

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