ニコラ・サルヴィの作品「トレヴィの泉」にはもう一人の設計者がいた!

イタリア・ローマの有名な観光地「トレヴィの泉」。

噴水と彫像が美しい泉が完成したのは1762年。設計者はニコラ・サルヴィですが、実は深く掘り下げていくと、もう一人の立役者が存在した。

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<もう一人の設計者>

立役者の名は「ピエトロ・ブラッチ」。二コラとは、友人で同僚という関係。あのトレヴィの泉の中心に立つ「水神オケアノスの像」。一番印象が強い像を手掛けたのがピエトロだ。

また、最終的に泉を完成させた人物としても知られている。

<ニコラ・サルヴィの作品>

実は、二コラ「トレヴィの泉」以外の作品は、ほとんど残っていないようで、建築家としてのキャリアもほとんど分かっていないそうです。

分かっている事と言えば、Roman Academy of Arcadia に入学し、数学と哲学のみを学んだ後に建築家になったということ。

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<トレヴィの泉の歴史>

さかのぼること17世紀、ローマではルネッサンスに代わりバロック芸術が台頭だった。当時の巨匠ベルニーニは、数多くの噴水をつくりローマの街を華やかに彩ったと言われていおり、現在でもその面影が残る。そんな系譜を継ぐ集大成的な作品がトレヴィの泉と言われています。

二コラが、なぜ集大成的な泉を創り上げたのか分からない。

また、印象的な泉は三方(イタリア語でトレヴィ)の合流地点に位置しているため、泉の名前の由来になっていると考えられているそうです。

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トレヴィの泉・噴水(ローマ)は、なぜ人々を魅了し続ける?願いが叶う泉?

<まとめ>

イタリア・ローマは、このような歴史的建造物が数多く残されている国。その中でも、やはりトレヴィの泉は、最も有名な作品ではないだろうか?

しかし、なぜ250年経った今でも世界の人々を魅了し続けることが出来るのだろうか?とても不思議だ。

ご覧いただきありがとうございました。

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